相模原を拠点にメッセージを放つQNのラップは、街の声のようだ。お金とか、ドラッグとか、女とかの、いわゆる”ラッパーっぽい”話だけじゃなく、どこにでもある日常と寄り添うようなリリックが、リスナーの心を揺さぶるのだろう。だけど、今回はそんなラッパーとしてではなく、屋根職人としてのもう一つの顔を紹介したい。30歳という若さで親方の役職につき、屋根の上=危険と隣り合わせの場所で、責任感+やりがいを糧に仕事へ向かう姿。それはラッパーの華々しいイメージとは180度違うけれど、「土方の職人がラップうまいって、めちゃくちゃかっこいいと思うんです」というインタビュー中のQNのコトバに、HIPHOPが詰まっている気がする。
Photograph Ryo Sato model QN
QN
(屋根職人)
昼寝もプロの仕事のうち
あえて100%でやらない
平日のお昼ごろ取材で訪れた工事現場は、JR相模原駅から車で20分ほどの閑静な住宅街。住んでいる人たちはみんな仕事や学校に出かけ、そこにいるのは畑仕事をするおばあちゃんか、公園で遊ぶチビッコくらい。のどか過ぎる空気が広がる場所で、QNさんが屋根の上で叩くトンカチの音が街中に響き渡っている。直射日光をモロに浴びながら黙々と作業をする姿は、当たり前だけど、いつもクラブで観るラッパーとしての姿とは180度違って見えた。「屋根職人として働き始めたのは2018年で、約2年と半年になります。今までバイトを転々としていたのですが、手に職をつけて自分はこれが出来ると言えるものが欲しいと思ったのがキッカケです。建築物が好きだったので、電気屋の弟に誰か紹介して欲しいと頼んで、紹介して貰ったのが屋根屋でした。最初は大工が良かったんだけど、とりあえずやってみたら、ハマりました」。普段の職人としての1日のスケジュールは、朝6時頃起きて現場に向かい、8時-18時前後まで仕事をして帰宅する流れ。お昼休憩になると職人さんたちがそれぞれの車の中で寝ているのは、体をしっかり休めるために必要なことで、どこの現場でも目にする光景だ。そんな(ある意味)普通の一日を送っているからこそ、ラッパーとして誰かのありふれた悩みや不安に寄り添い、”流行りに無理してついていくことだけが大切ではない”ということに気づかせてくれるのだろう。
「隣の棟の屋根職人さんが、
仕事が早すぎて怪物でした」
ただ、”普通の日常”とは言っても、屋根職人の仕事場は土方の中でも危険な部類だろう。「今やってる所も含めて5寸(屋根の勾配のことで、およそ26.5゜)が多いんですけど、ちょっと強めだと6寸っていうのがあって。ちょっとしか変わらないように感じるけど、それだけでも全然違って。6寸だったら雨の日は絶対できないです。冬は凍ってたりするので、そういう時は3時間くらい溶けるのを待ったりしますね」。足場も傾いているから当然不安定で、少しでも集中を切らせば転落してしまう可能性も。だからこそこまめに休憩をとったり、「持ってる力の6割くらいがちょうど良いと思っているのであまりハードにならないように気をつけてます」と、全力でやらないことが安全に繋がるそう。また、隣の棟の工事を別の会社の屋根職人が担当することもあるらしく、「隣の2棟をやりに来た人が別の会社の人だったんですけど、めっちゃくちゃ早くて。俺が2日かかるのを1日で終わらすっていう、マジで怪物ですね(笑)同じタイミングでやってる時とか、バトルモード入って(笑)めちゃくちゃ急いでやったのに全然届かなかったです」というエピソードも面白い。
歳の相方と共に
宮大工への道を進む
危険と隣り合わせの仕事だから、ファッション=作業着も大切だ。汗を止めるためにヘルメットの下に被ったタオル、落下を防ぎために上半身に巻いた安全帯、ただ立ってるだけでも暑い真夏でも必ず長袖をチョイスする。NBAのイエローのLAKERSのユニフォームや〈A BATHING APE®〉のパーカーなど、ラッパーとしての服装を知っている人なら、このギャップにグッとくるだろう。ネジを入れておくためのポーチや板金の工具を入れておく袋は、毎日のハードな作業でボロボロになり、リアルな職人にしか出せない味もカッコいい。それらの道具を使った実際の屋根の作業(撮影当日はほぼ最終工程)の話をすると、屋根の上に大きな屋根材をクレーンで運び、その板を上で合わせてカット。そしてトンカチを使ってくっつけたり、下の2枚目の写真のような建具をその場で合わせて作るなど、力仕事+繊細さが必要な作業だ。そんな仕事をしているだけで大変なのに、QNさんには”親方”という立場がある。「言い方悪いんですが、使われていた立場から使う立場になって、働いて貰う人への配慮と指示の部分は大変です。相方が一人と、時々、新しく入ってきた人が手伝いで来てくれるんですが、彼らのコンディションや仕事の配置。それに相方は76歳だったり、新しい人はまだ分からないところがあったり様々なので、彼らが無理なく、尚且つ効率良くやるための動きや指示が難しいところです」。でも大変なことばかりじゃなくて、仲間や大工さんとの会話も楽しく、頑張った日に屋根から綺麗な夕日を見ると”神様、今日も良い一日でした、感謝してます”と心の中で言ってしまうことも。そういった心情は”昔は仕事が嫌だったけど、いまは軌道に乗って楽しい-『JET COASTER』”というラップにも表れている。
「軽トラで音楽を聴いてるときも
アイデアが湧いてきます」
「仕事、家庭、遊びの時間、なんなら寝てる時も、常に制作活動だと思っています。仕事でも遊びでも、何かに夢中になると、アイデアが沸き出てくるような感覚がありますね。僕はとにかく作品作りが好きなんですよ。だからいつでもアンテナを張ってる」。そう話すように、自身の軽トラの中で過ごす時間も大事な制作活動のひとつ。運転席の横にはお気に入りのCDがいくつか積まれていて、それを聴きながら運転中にメロディやリリックが浮かんでくることが多い。そうやって普段の生活で貯めていくから、いざ曲を作ろうと思えば30分で完成してしまうなんてのもザラで、昨年から3つものアルバムをリリースしている、スピード感の理由が分かった気がする。話を聞けば次のアルバムもすでに進行中とのことで(早い!)、少しだけ内容について話してくれた。「次のアルバムは、地元の相模原色を強く出そうかな、と考えています。waxくん(from SD JUNKSTA)っていう先輩がいるんですけど、その人とも一緒にやりたいですね。自分と同じようにガテン系の仕事をしているんですが、ラップがすごくカッコよくて。ギャングスタ系とか、ハスラー系じゃなくて、土方の職人がラップうまいってめちゃくちゃカッコ良くないですか?」。InstagramなどのSNSが人の魅力を測るモノサシになりかけている今、フォロワーの数なんかじゃ測れないカッコよさがここにはある。QNさんのラップを聞いたことがある人はその意味が分かるだろうし、聞いたことがない方は、Apple musicやYoutubeでぜひチェックしてもらいたい。最後に、プライベートと将来の話について。「プライベートはだいたいトラックメイクか、嫁との時間ですね。買い物行ったり海や川にドライブ、美味しいもの探し、神社巡りと様々ですよ。将来の話をすると、今は普通の住宅の屋根をやっていますが、そのうち瓦も経験して、いずれは神社とかお寺の屋根職人になりたいですね。そこが自分の中では頂点だと思ってるので!」。